発掘調査ガラス乾板写真

 石舞台古墳の発掘を記録したガラス乾板は、現在全216枚が確認されています。おおむね10枚ずつ箱に収められていますが、特に意味のあるまとまりではありません。そこで、残された写真の理解を深めるため、7つの項目の下に、すべてのガラス乾板写真を分類しました。

 

第一次調査

 第一次調査時の写真は、116枚。昭和8(1933)年11月5日に行われた慰霊祭にはじまり、測量、棺が納められた玄室への通路である羨道の発掘、玄室内の発掘へと調査が進む様子を見ることができます。発掘は、多くは人力によりますが、トロッコやウィンチ(巻き上げ機)も使っていました。また、遣方測量の技法を用いていたことがわかります。

第二次調査

 第一次調査の終了間際に、石室東方の調査区で墳丘の貼石が確認されました。そのため、第二次調査では、墳丘の形状を探るべく、石室周辺の発掘が行われました。第二次調査時の写真は45枚。第一次調査の写真群とは異なり、作業風景の写真がほとんど見られず、発掘された遺構の状態を撮影したものや、それらの遺構がどの位置にあるのかを示すための遠望写真が大半を占めています。

出土遺物

 発掘の結果、石室の内外から、土師器や須恵器の破片や、石棺の一部と思われる凝灰岩などが出土しました。出土遺物の写真は8枚。これらの遺物には、古墳の築造よりも後の時代に属するものも含まれています。

図

 さまざまな図の写真は12枚。地形図、地籍図、石室の実測図、墳丘の復元想定図などです。報告書に掲載された図も含まれています。

模型

 模型の写真は12枚。1枚は墳丘の石膏模型、残りの11枚は石室の石膏模型の写真です。石室の模型は7分割できるように作られており、石室の内部構造まで再現されているのが特徴です。パーツを部分的に取り外した状態で撮影された写真もあり、石室の構造をわかりやすく観察することができます。

参考資料

 3枚。江戸時代の石舞台古墳の姿を描いた、嘉永6(1853)年刊の『西国三十三所名所図会』を撮影したものです。

巨石運搬参考資料

 巨大な石を用いた石室がどのように造られたのか、その問題解明のために収集された石造物の写真や江戸時代の記録類の写真です。全20枚。