1956-1976 宮本正太郎の火星スケッチ

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1956-1976 宮本正太郎の火星スケッチ

2年2カ月ごとに地球に接近し、観測が可能となる火星の四季をとらえるには、約20年間の観測が必要となる。花山天文台第3代台長、宮本正太郎博士による火星観測のスケッチは、1956年より1976年まで3000カット余りが現在京都大学に保管されている。火星気象学のきっかけとなる発見、ノアキス大陸に発生した雲の様子は1956年8月20日のスケッチに宮本博士の興奮とともに見ることができる。

スケッチの見方と用語紹介

スケッチシート内の円(2~4個)内に、観測された火星表面の模様が鉛筆の濃淡で描かれている。暗部は「海」と称される火星の凹部分、一方の明部は大陸とよばれる、凸部分あるいは雲の分布する反射率の高い部分として描かれている。火星スケッチなどをもとに作られる火星図には、海や大陸にそれぞれ通称としての名前が与えられている。なおスケッチは望遠鏡による倒立像のため、円の上部方向が南極となっており、南極付近の丸い白色部は南極冠とよばれている。観測日時によって、描かれている火星表面の位置が異なるため、雲の動きや変化を直感的に追跡することは難しいが、大きな▼部(大シルチス海)や同じくW状の暗部(子午線湾)を目印にすると把握しやすい。また、円の左右に現れる火星の満ち欠けや、季節ごとに範囲の変化する南極冠の伸長はとらえやすい。

火星スケッチ

  • スケッチナンバー 
    ※本展示コンテンツ「火星スケッチをめくる」では、各スケッチ画像キャプションの冒頭に示した「No.」に続けて表示される番号が該当します。スケッチ画像だけでなく、宮本博士がスケッチを整理したときに使用した封筒や表紙、当て紙も表示されます。その場合、「No.」の次に「--」と表示され、その資料が何かを示す標題やキャプションが続けて表示されます。
  • 観測日時(日本標準時) (観測の開始時間、および終了時間が記される)
  • 使用望遠鏡名と拡大率
    C12" 12インチクック(Cooke)赤道儀式屈折望遠鏡
    ZS7" ツァイス‐ザートリウス赤道儀式屈折望遠鏡
    ※C8"やC7"は、12インチクックの口径を絞って観測したもの
  • シーイング(大気による星像のゆらぎの程度を表わす尺度。Fine,Good,Moderate, Rather poor,
    Very poor, Badの7段階で記されている)
    ※Good:ゆらぎが少なく細かい模様まで見える状態、poor:ゆらぎの影響で細かい模様が見えない
    状態、など。
  • ω 火星面中央経度 (観測時の地球から見た火星面中心の経度)
  • D 火星面中央緯度 (観測時の地球から見た火表面中心の緯度)
    ※1960年代のデータには De (地球から見た火星表面中心の緯度)とDs(太陽から見た火星表
    面中心緯度)が別々に記載されている。
  • [二重丸で中心が黒い点になっている記号(画像)] 火星黄経(Ls)(火星から見た太陽の黄経で、季節を表わすパラメーターとなる。Ls=0が火星の春分、Ls=90が火星の夏至)
  • 観測メモ (雲の発生、南極冠の状態などの宮本のコメントが記される)

宮本正太郎博士について

宮本正太郎(1912-1992)
京都大学理科大学宇宙物理学科卒業。1948年理学部宇宙物理学教室教授。
1958年-1975年花山天文台長(第3代)を勤めた。日本天文学会理事長、国際月面学会会長を歴任。
火星や月などの惑星の観測的・理論的研究を行い、1956年には火星の偏東風を発見、月面地図作りの国際共同観測に参加した。中性子星の先駆的な研究[1941]や太陽コロナの電離論を発展させることにより、コロナの温度を世界で初めて正確に求めた研究[1943]でも知られる。宮本博士の研究や天文学普及活動にちなんで、Miyamotoと名付けられた火星のクレーターや、同じくShotaroと名付けられた小惑星がある。

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